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【思い出はきりが無く】 [【にゃんにゃちゃん】]

いつも、ご訪問、ありがとうございます。

気がつけば5月。前回が2月22日だったから、2ヶ月半も間が開いてしまいました。
いろいろ。本当に、いろいろあって、更新する気になれなかったのです。


いま、福ちゃんとちびこと一緒に新しい家でブログを書いています。
本当は、にゃんにゃちゃんも一緒のはずだったのだけれど。


にゃんにゃちゃんは4月14日に亡くなりました。

じつは他にもいろいろありました。
にゃんにゃちゃんの仲良しのくろちゃんが、にゃんにゃちゃんを保護した後、3月16日に亡くなりました。
そして、にゃんにゃちゃんが4月14日に。

それだけでなく、神社の子で実家に行った小縞君が4月26日に亡くなり、
実家のグレ君が5月1日に亡くなりました。

その間、4月に引越しもあり、本当になんとも言えない2月から4月末までの2ヶ月でした。
引越ししたけれど、相変わらず神社の子達の世話は続けています。少し歩く距離が遠くなったけれど大丈夫。


にゃんにゃちゃんは退院した後は体調も落ち着いて来て、1週間~2週間に1回、発作があったけれど、体調は落ち着いていました。 家でちびことかけっこをする位に元気になって。 福ちゃんは盛んに面倒を見てあげて舐めてあげたりしてました。

そんな中で3月16日、突然にくろちゃんが亡くなりました。
数日、朝のご飯に姿を見せてくれないと思っていたら、3月15日の朝に姿を見せたけれど、明らかに具合が悪そう。にゃんにゃちゃんの時はうまく保護できたけれど、くろちゃんは逃げてしまって駐車場の車の下に逃げて隠れてしまいました。 どうしてもお手上げで、捕まえられず、心配しながら翌朝見に行ったら、昨日隠れていた車の下で冷たくなったくろちゃんを見つけました。 もう少しなにかしてあげられたかもしれなかったのに、残念です。
くろちゃんはにゃんにゃちゃんと本当に仲良しで、病気のせいとはいえ、にゃんにゃを急に連れ去られてしまって、心配もしていたと思います。 通院のとき、にゃんにゃをくろちゃんに合わせてあげたくて、いつも、病院の帰りは神社に寄ったけれど、結局、最後まであわせてあげられませんでした。


これだけで終われば良かったけれど...
4月14日ににゃんにゃちゃんが発作を起こし、そのまま亡くなりました。
発作の頻度がずいぶん下がってきていたので、薬を飲みながら、なんとかこのまま長生きしてくれるかと思っていたけれど。 初めは福ちゃんのおしっこ、うんちの世話にくわえて、にゃんにゃちゃんの投薬で毎日やれるのかなと心配だったけど、にゃんにゃちゃん、すっかりなついて、抱っこも上手になったし、薬をおとなしく飲んでくれるので毎朝、毎晩、薬を飲ませるのは簡単だったんです。
それだけに残念。
せめて、あまり苦しまないで数分でなくなった事が本人には良かったのかもしれないと思います。

もしかしたら、仲良しのくろちゃんが呼んだのかも。
そんな事を思うくらい、立て続けの事でした。


4月24日に新しい家に引越しして、にゃんにゃちゃんとくろちゃんの遺骨は家の玄関にみんなの写真と一緒に安置しました。 にゃんにゃちゃん、くろちゃん、仲良し2人は並んで一緒にいます。 本当は新しい部屋でちびことかけっこして欲しかったけど。



引越しの後、実家の小縞君が4月26日に、ぐれ君が5月1日に亡くなりました。
引越しの後でバタバタしていたけれど、猫達の部屋の整備の合間に小縞君、ぐれ君のお見舞いにと千葉へ往復しました。 一時は元気になるかという状況だったけれど、結局、亡くなりました。


小縞君とぐれ君のお葬式は昨日です。


本当に、沢山のことがあって、もう、これで十分というくらい沢山あって、ブログどころではなかったのが本当のところです。 どこまで、行けば止まるのか。どこで食い止められるのか。そんな気持ちのここしばらくでした。 結局、全部、最後まで行って、やっと止まった。悲しいけれど、やっと止まった。
やっと止まった。と思ったから、今日ブログを書いた。



小縞君は2006年の11月に神社のひとり捨てられていて、縞君が可愛がってくれていた子でした。
里親さんを探そうと思って実家に連れて行って、結局、実家でそのまま暮らすことになりました。
体が弱くて、病気ばかりしていたけれど、それでも、9歳まで生きました。

mito_and_tanuが実家に帰った時に、「小縞君、いい子にしてる?」って聞くと
「こちまはね、こちまはね、いつもいい子だよ! なんたって本人が言うんだから太鼓判だよ!」って言って、いい子にしてるといっていたけれど、時々悪さもしていたみたいです。

体が弱いから、長生きは出来ないだろうと思ってはいたけれど、それが今とは思いませんでした。
この3月、4月は神社の子たちが沢山去っていってしまった春でした。
神社の子達はにゃんにゃちゃん、くろちゃんがいなくなりましたが
三毛妹さん、三毛姉さん、大人三毛さん、さびちゃん、茶々君の5人がいまでも健在です。


2006年11月
神社に捨てられてた小縞
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今は亡き縞君に甘える小縞
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縞君はちびの捨て子を可愛がってくれていました。
小縞の名前は縞君の縞をもらってつけました。
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にゃんにゃちゃん、くろちゃんを初めとする神社の子達との付き合いも2006年から足掛け10年。
2010年から2013年にかけてのフィルム写真からにゃんにゃちゃん、くろちゃんを中心に写真を選んでみました。 縞君、くろちゃん、にゃんにゃちゃんはいなくなってしまったけれど、まだ、他の子は元気です。
mito_and_tanuもちゃんとご飯をあげに行っています。



2010年11月6日のにゃんにゃ
後ろに写る赤い屋根の家は今は取り壊されて、今見ると隔世の感。
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2010年11月6日の縞君と三毛妹さん とっても仲良し
縞君は2012年3月14日に亡くなりました。
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2010年12月23日の三毛妹さん 神社におまいり
三毛妹さんは今でも元気
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2010年12月23日のくろちゃん 
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2010年12月23日のにゃんにゃちゃんとくろちゃん
ふたりはとても仲良しでいつも一緒。 ご飯をあげに行くと、必ずふたりで一緒に出てきました。
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2010年12月23日の縞君、にゃんにゃちゃん、くろちゃん
縞君はみんなに好かれるリーダー
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縞君 2010年12月23日
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にゃんにゃちゃん 2010年12月23日
冬毛でふさふさ
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縞君とくろちゃん 2010年12月28日
縞君はとにかくみんなに好かれていました。 みんなの憧れの的的な存在。
くろちゃんも縞君が好き。
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2010年12月28日 冬の日の中のにゃんにゃ
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初夏の日差しのなかで、くろちゃん 2011年5月1日
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2011年5月1日
まだ外猫さんだった時の福ちゃん。 この月の23日に怪我をした福ちゃんを保護する事になるとは思いませんでした。
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2012年1月9日
冬の日差しの中でコロコロするにゃんにゃ
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2012年1月9日
冬枯れのツタを背景にくろちゃん
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2012年1月9日 陽だまりの中で
にゃんにゃとくろちゃん。 いつでも一緒
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2012年7月16日
大人三毛さん。 大人三毛さんは今でも元気。
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2012年7月16日
三毛姉さん 三毛姉さんも今も健在。
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2013年1月20日
にゃんにゃちゃん
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2013年1月20日
にゃんにゃちゃん、ころころ
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2013年1月20日
秘密基地から覗くくろちゃん
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2013年1月20日
冬の日差しをあびて、にゃんにゃちゃんと三毛妹さん
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2013年10月14日
にゃんにゃちゃんの丸い背中
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2013年10月14日
にゃんにゃちゃん
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2013年12月16日 くろちゃん
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古い写真を見ていると思い出は尽きません。



いままで、ご飯をあげに行くとほぼ100%待っていたのが、三毛妹さん、にゃんにゃちゃん、くろちゃん。
少し遅れて、三毛姉さん、大人三毛さん、さびちゃん、最後に茶々君。
今は三毛妹さん、三毛姉さん、大人三毛さんがいる事が多いけれど、時々三毛妹さんしかいないときもあり、さびしい感じのときもあります。 


でも、まだ5匹いるし。 
mito_and_tanuの新居は少し神社から離れて、朝5分で行けたのが15分になったけれど、ちゃんとご飯をあげに行ける事が立証できました。さあ、これからもがんばろう。


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【しないといけない時があるなら、今がそうなのでしょう】 [【にゃんにゃちゃん】]

いつも、ご訪問、ありがとうございます。
前の記事が1月11日だったから、1ヶ月以上、間が空いてしまいました。
一月はいろいろ忙しかったのと、1月の末から2月になってからはとても忙しかったので。


神社のにゃんにゃちゃんが今、家に来ています。
2月2日(月曜)にご飯を食べている時に急に発作を起こして倒れてしまいました。
全身を硬直させて手足をばたばたさせて... 急いで抱き上げると、30秒程発作が続いた後、どうにか正気を取り戻しました。 

「これは、まずい...」縞君のときの事が頭に残っていた。
急に倒れてしまって、何も出来ないうちに旅立ってしまった縞君。 とにかく何とかしないと。 一度家に戻って急いでキャリーバッグを持って取って返す。 にゃんにゃちゃんは秘密基地にいたけれど、どういうわけか、自分から寄って来て抱きかかえることができた。 いままでは、背中を触らせてくれることはあっても、だっこするとあわてて逃げていってしまったのに。

くろちゃんが心配そうに見ている中、にゃんにゃちゃんをケージにいれ、家へ連れてゆく。おとなしくしていて特に暴れる様子もない。
福ちゃんのケージを空けてもらって、にゃんにゃちゃんを入れる。 水とご飯、小さなトイレを作ったり、朝から大慌て。 本当ならその日に病院にいきたかったけれど、その週は毎日打ち合わせがあって休めず、その日はにゃんにゃちゃんをおいて出かけました。
帰ったら、死んじゃってないか... それが心配でしかたない1週間でしたが、家に入れてからは状態が落ち着いていて小康状態でした。

金曜日にふたたび発作が出て、週末、病院に連れて行くことにして、新しく近くに出来た病院にいきました。 歩いて5分でつけるので、福ちゃん達のかかりつけの病院(車で20分)よりにゃんにゃちゃんの負担が少ないと思ったから。

最初の診察でいろいろ検査して、ずいぶん時間がかかって(15時半に行って17時過ぎまでかかった)、甲状腺機能亢進症ではないか?という診断。 発作を抑える薬をもらって一度家に戻りました。
その後、19時頃、ご飯を食べている時にまた発作が。 初めに、目が小刻みに左右に震え始め、頬の片方がひきつれるように上にピクピクしはじめ、瞳孔がまん丸になる。手がぶるぶる震えだし、体を支えて抱き上げるとしがみつこうとするけれど、だんだん腕がこわばって来て、バタバタと痙攣を起こし始める。 まるで、全速力で走っているみたいに。

さらに、いままでは一度起きた後は普通の状態に戻ったのだけれど、今度は立て続けに3回。 発作がおさまった後も息が上がってしまってぜいぜいしていて目もまん丸。体もぐったりしている。

病院の診療時間は終わってしまったし、でも、この状態はまずい。まずいよ。と思い、駄目もとで病院に電話。 自動応答の「診療時間は終わりました」のメッセージ。 がっかりして電話を切る。 24時間診療の救急センターに行くか、明日まで待つか... 思い悩むうちに電話が鳴った。
電話の向こうから女性の声で、「今、お電話くださいましたよね? どうしました?」。病院からのコールバック! 状況を伝えると「すぐにつれてこれるなら、来てください」と。

ふたたび、キャリーバックににゃんにゃちゃんを入れて病院へ。
夜間の通用門のインターホンを呼ぶと先生が出てきてくれた。 夜間診療室にはドクター3人が総出で出迎え。発作の様子を詳しく伝えるとみな、難しい顔になる。
「発作の様子からすると脳疾患が一番あやしい。ともかく、抗痙攣剤で発作を抑えて、CT検査を出来る状態まで回復させるのが先決」「しかし、脳卒中だったら、明日までに死んでしまう可能性もある...そうでなくても脳腫瘍や水頭症による脳の圧迫も考えられる...」「ともかく全力を尽くします」とセンター長。

翌日午前中に再訪する約束をしてにゃんにゃちゃんを預けて帰宅。


翌日訪問すると立つことは出来ず、横になったまま、あまり反応もない。 先生はもう少し体が安定して麻酔をかけられるようになれば、火曜にはCTを撮れる。CTで脳疾患なら大体は当たりがつくから。と言い、でも、軽度脳卒中などの場合、障害が残って、もう立てないかもしれないとも言う。

福ちゃんも怪我とはいえ半年は立てなかった。 たとえ立てなくても、生きてくれれば、と思う。
それからは毎日病院に容態を問い合わせる毎日。

CTの結果、脳卒中や脳腫瘍、水頭症はなく、脳全体の浮腫(腫れ)が見られるとの結果。
原因は甲状腺機能亢進症による高血圧腎臓機能低下による水分のろ過の不十分による高血圧の両方によって脳が圧迫されているのではないかという診断。

最初に比べ、状態は徐々に安定して発作もおさまる傾向になってきて少し安心。それでも、とにかく病院から電話が来るのが怖い毎日。 電話が来るのはきっと悪いことの知らせに違いないと思っていた。

いちばん心配だったのが九州出張だった時。
帰りの新幹線の中で病院からの電話が鳴った! しかしトンネル... 取れない... 留守番電話に録音がある。 でも、留守番電話も「1件の伝言があります... メッセージを再生します...19時29分のメッセージです......  もしもし、平塚...」ここで切れる。 何度やっても駄目。 時刻はすでに19時45分...
なにかあったのか? どうしたらいいのか? いろいろ考える。 こちらからの発信も同じようにすぐ切れるのでどうにもならない。 電車の公衆電話を探す。 しかし... テレホンカード専用... そんなもの、持ってないよ!

19時49分 姫路到着。やっとメッセージを聞く。
「にゃんにゃちゃん、状態は安定していて元気にしています。」
なんてこったい! うれしい! とにかくうれしかった、ひとりでニコニコした。そして安心した。
このころが一番大変でした。


その後は容態も安定し続けて、立てなかった足もちゃんと歩けるようになり、ついに、昨日、2月21日(土曜)に退院しました。 本当は、先週の日曜(2月15日)でも退院は出来たけれど、先生から「退院は翌日1日ついていてあげられる日で」と言われたので昨日にしました。


いま、にゃんにゃちゃんは福ちゃんのケージの1階を使って暮らしています。 2階は福ちゃん。 そして、3階はチビコ君。 
福ちゃんは新しい妹が来たとばかり、大喜びで、さっそく舐めてあげたり、かまおうとしてウザがられてます。 チビコ君はビビッて隠れていたけれど、やっと出てきて普通に過ごすようになりました。

【ケージの1階のにゃんにゃちゃん】
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【土日、発作もなく落ち着いてます】
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【下がホッカペなんであったかくてご機嫌 にゃんにゃちゃん、ホッカペなんて初めてだから】
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【福ちゃんは2階を利用】
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外の子達ににゃんにゃちゃんの無事を伝えたくて、退院の日に帰りがけににゃんにゃちゃんをつれて神社によりました。 あいにく、一番の仲良しのくろちゃんが不在。 三毛妹さんには顔を見せてあげることが出来ました。 あの日の後、くろちゃんが食欲があまりないのが心配。 元気だよと言ってはあげるけど、言葉が通じないし。 来週、通院するときに帰りにまた一緒によるつもりです。

【くろちゃん にゃんにゃちゃんと一番の仲良し】
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【三毛妹さんにはにゃんにゃちゃんを会わせてあげられました】
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2005年に初めてここの子達と出会ってから、もう10年目。
いつまでも変わらない毎日をと思っていたけれど、縞君が亡くなり、いつかまた、そういう事が起きるのではないか、その時に自分はなにかできるのだろうかとずっと思っていました。

今回がまさに、その何かすべきときだったのでしょう。
にゃんにゃちゃんの不調が目の前で起きたから、その場で対処ができた。 それも、にゃんにゃちゃんが自分で抱っこしてくれるという奇跡があったからつれて帰れた。 これは、きっと何かすべき事があるからそうだったのでしょう。


これから、毎日がまた大変になります。特に朝かな... ご飯も特別(療養食)だし、薬も飲ませないといけないし。5時半起きでも辛いかな...





おまけ
仲良しな福ちゃんとチビコ
福ちゃんに可愛がってもらってばかりの印象だけど、ちゃんと舐めてあげたりもするんです。
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なでなでご機嫌福ちゃんと見学するチビコ
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ちびこの今日のお気に入り
いつも、床のパネルをはがしてるので、こんなのを作ってあげたら、喜んでもぐってます。
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